暮らしとお金について思うこと…2020暮れ

皆さんこんにちは。静岡県沼津市にあるカウンセリング事務所「マザーアース」の浅野順子です。

コロナに始まった2020年が終わろうとしています。
今日は今年の締めとして、コロナ禍において思ったこと書いてみます。

私たち人間は、いつの頃からかお金に負けてしまった。負けとは勝てないということです。いえ私はお金には屈しないという方もおられるでしょう。どれだけお金を積まれても流されはしないとね。それは立派だし美しい。けれどそれは極々一部の人間にしかすぎず、大きな枠組みの中での多数は、お金にねじ伏せられている。

現実的発想からはお金がなければ生きてはいけない。現実お金で死ぬ人は多いからね。

でもね、我々人間の「暮らし」の為にお金が必要なのであって、お金の為に人間が動く構図はおかしいのです。

お金は大事、けれどお金に牛耳られた世界は人間の心から大事なものを奪っている。

わかりやすい事象がまさに今起きています。はい、コロナ禍の今です。

菅総理は就任時から「暮らしを守る」とおっしゃられますね。しかしこの有事の今、暮らしを守る為に何をしてるんでしょうね。

経済を回せばコロナで人が死ぬ。

経済を止めれば倒産で人が死ぬ。

この事実、両方とも安心した暮らしが伴わないですね。そしてよーく考えていくと、人間の敵はコロナな筈なのに、人間の敵がお金にすり替わっていると思う訳です。

お金は人間の創造物、なのに今の日本では、人間がそれに乗っ取られてしまってるみたいだ。

人が金を生む。だから人間を救うため生かすために、お金はあるべき使うべき。

お金は使うもの流すもの、そして自分に、人に、投資するもの。

でも、いつの世もいつの政権も、お金様の下で人間が粗末に扱われている。どうしてもそう思えてくるんです。

生かすもお金。

殺すもお金。

人間とコロナ。どちらを取るかじゃなく、どちらをも救うためにはどうしたらいい?

共存とはいうけれど、人間がコロナに勝たなければ共存もできないのではないか?

国家がお金持ちになるのはいいけれど、国家の陰で至福を凝らし権力を持った政治家が、地に足のつかない理想論で自由主義ごっこをするのはあさましく、野蛮で下品。地球人としての民度の低さをも感じてしまう。

偉そうなことを理想論で解いても、コロナには勝てないよ。

お金を持った人達のしていることは、まさに自分のお金を使わずに、人のお金を自分に流さすようなシステム作りをしている。

一定の所(自分)にお金が留まる仕組みをね。

資本主義だもの、頑張った人がお金持ちになるのは当たり前。そうですね。しかし、そのお金を留め過ぎること、人のお金を搾取することが、人類の暮らしを破綻させているということです。

お金は流すもの、使うもの。

より高いところから低いところへ、水の如く流れを留めてはいけない。

今まさにその時。政治家が分からないのなら、お金持ちがお金を回して、流してください。

お金で暮らしが救われるのならお安いこと。暮らしが安定すれば、安心して自粛もできるのではないですか。

今は資本主義が活躍できる平時ではないのですよ。

コロナの狙いは人類を乗っ取る事。我々に、助け合うことが出来るか・お金を捨てれるかを迫っているように見えるのです。

今使わずしてどうするんですか?

先ずは国から、お金持ちから、全てのお金を動かし流したらいいと思うよ。